デンマーク文学

アンネ=マリー・マイ
南デンマーク大学文化言語学部北欧文学科教授。デンマーク高等研究所所長、欧州アカデミー会員。王立芸術科学協会会員、ダンネブロ勲章三等級。専門分野は北欧文学。

 

21世紀に入って、デンマーク文学は刷新の時期を迎えている。若手作家が多くデビューし、書籍文化が変化してきているのだ。2010年から2021年までの間に、新規出版されたフィクション作品のタイトル数は74% の増加を遂げた。そしてオーディオブックの人気が高まっている。2021年には、電子書籍の形で発表されたフィクション作品のタイトル数が、初めて紙書籍のタイトル数を上回った。文学作品の配信サービスに登録している人は成人人口の20%に達する。新作発表の場となることが多い文学祭、毎年開催されるブックフォーラムなど、各地で開催される人気イベントには、作家、出版社、読者が殺到する。

作家と読者の間には、ソーシャルメディアを通じて新たな関係性が生まれている。数多くの作家がソーシャルメディアを使いこなし、新作発表にあたっての作業や、作品に関する議論に読者に加わってもらっている。たとえばレオノーラ・クリスティナ・スコウは、新作のカバー写真からファションスタイルのセレクトにいたるまで、あらゆる場面に読者を巻き込む革新的手法を駆使する作家のひとりである。

現代デンマーク文学は多彩な表情を持つ。期待の新人作家が多く誕生し、またベテラン作家も重要な新作を発表している。新星作家のひとりが、パレスチナ系デンマーク人作家、ヤヒヤ・ハッサン(1995年~2020年)である。2013年に詩集『ヤヒヤ・ハッサン』でセンセーショナルなデビューを果たしたハッサンは、暴力的な家父長制度に特徴づけられたアラブ文化と、少年の状況を理解しないデンマーク福祉教育の機能不全のはざまで苦しむ子供と少年の苦痛に満ちた姿を描き出す。ハッサンの詩集はベストセラーとなり、デンマークの基準で見れば天文学的な売上部数を記録した。それに続き、様々な移民出身の作家が、複数の文化のはざまでどこにも属さないという気持ちを抱きながら生きることを描く作品を発表する。2023 年、批評家によって絶賛された詩集『BARBARIAN [The Object of Silence]』でデビューしたアミナ・エルミの詩は、デンマーク・ソマリアのバックグラウンドを持つ若い女性として自身が体験した社会・文化・宗教的問題に新たな光をあてたものだ。エルミは政治詩は書かず、政治的な評価や意思表明は行わないが、その言語能力を駆使して、失われ、沈黙に包まれた全てのものとのつながりを作り出す。3人目の注目すべき新人作家は、グリーンランド出身のニヴィアク・コルネリウセンだ。小説第2作『The Valley of Flowers』(2020年)で北欧理事会文学賞を受賞したコルネリウセンは、この作品で、グリーンランドの若者の間で自殺件数が非常に高いという問題を取り上げている。コルネリウセンの小説には、グリーンランドの若手アーティストの間で広がりを見せている新たな文化的自己意識と、植民地主義に対する批判が現れている。

全般的にデンマーク文学からは、社会との新たな取り組み方が生まれているという印象を受ける。日常的なリアリズムの形態を通じての取り組み、また実験的な文学手法で気候変動に対する批判を展開するという取り組みだ。デンマークで人気のリアリズム作家のひとりヘレ・ヘレは、家族の死や離婚などをきっかけに人生の足場を失う人々をミニマリスティックな文体で描く。対人関係に潜む言葉で表現されない含まれた意味を、抑えた文体で語るヘレの物語の登場人物は、孤独で不安を抱えた人たちだ。彼らの物語は恐ろしく深刻で悲劇的だが、繊細なユーモアもたっぷり詰め込まれている。『Hafni Narrates』(2023年)は離婚後に学びの旅に出る女性の物語だ。その旅の間、彼女はひたすらデンマーク風のオープンサンド(スモーブロー)を食べ続け、そして自分の人生について考える。おとぎ話と日常生活の描写、控えめなユーモアを混ぜ合わせた物語が読者の心をつかむこの作品を、ヘレの最高傑作と評価する批評家もいる。もうひとりの重要なリアリズム作家がカトリン・マリー・グレアだ。グレアが一連のシリーズの中で描くのは家族、仕事、友人から突きつけられるさまざまな要求に腹を立てる、怒れる中年女性である。シリーズ第1作の『Birgithe with th』(2022年)は、亡くなった母親の家を整理しなければならなくなった教師の物語だ。

こうしたリアリスティックな物語は、近年のデンマーク文学のトレンドのひとつであるが、この他の重要なジャンルには、気候フィクションとオートフィクションがある。2019年北欧理事会文学賞を受賞したヨーナス・アイケの『After the Sun』(2018年)は、実験的な散文を駆使し、蔓延する資本主義と、未来の生命を脅かす気候変動のイメージを描き出す作品だ。気候危機、資本主義、自然に対する搾取に対する批判の声は、イエンス・スメーオップ・ソーアンセン、スサンネ・ブルッガー、キルステン・トールップ、クラウス・ヘック、ペーター・ラウゲセンといったベテラン作家の作品にも見られる。1960年代にデビューしたこれらの作家は、社会批判的な重要作品を今なお発表し続けている。オートフィクションも、デンマーク現代文学を特徴づける重要な分野のひとつだ。レオノーラ・クリスティナ・スコウによる『The One Who Lives Quietly』(2018年)は、作者が同性愛者であることをカミングアウトした際の家族との諍いを描く。この作品は、読者がオートフィクションに寄せる関心の大きさと、ジェンダーというテーマがデンマーク文学のトレンドのひとつになったことを示すものである。

日本語訳:中村有紀子