2023年ドイツ文芸シーン

 マイケ・マルクス
ドイツ、ハンブルク生まれ。ロンドン大学東洋アフリカ学院(SOAS)卒業(日本語専攻・学士号、社会人類学専攻・修士号)。東京の日本ユニ・エージェンシーで8年間の勤務を経て、2001年文学エージェントとして独立。オックスフォード大学出版局のほか、主にドイツの作家と出版社を対象とする。現在、夫と息子と北海道に在住。

ドイツの文芸シーンについての質問を受けると、私が日本でドイツ文学を代表する立場になって以来、どれほど大きな変化が生じたかということがすぐに頭に浮かぶ。1990年代は、日本でもドイツでもイギリスとアメリカの作家がベストセラーリストを席巻する時代だった。今、ドイツの書店に入ると、世界各国の作家の作品と並んで、ドイツ人作家によるドイツ語作品がずらりと並んでいる。これはどのジャンルにも共通して言えることだ。

ドイツのフィクション分野に登場した注目の新星の1人が、カロリーネ・ヴァールだ。デビュー作となった小説『22 Lengths』(DuMont Buchverlag 2023年)はシュピーゲル誌のベストセラーリストのトップを飾り、ドイツの独立系書店が選ぶ2023年愛読書賞の最終候補にもなっている。心暖まる繊細な、しかし容赦のない、同時に優しい物語は、田舎町根性と、若い女性ティルダが直面する葛藤を鋭く描き出す。アル中の母親に代わって妹の面倒をみるために田舎町に残っているティルダ。それでも自己憐憫のかけらもない、ユーモア溢れるティルダの姿が物語を動かしていく。ティルダは最後に、責任と自由のはざまのどこかで、幸せを見つけ出す。

エレーナ・フィッシャーのデビュー作『PARADISE GARDEN』(Diogenes 2023年)は、日本でも出版され評判を呼んだヴォルフガング・ヘルンドルフの『14歳、ぼくらの疾走:マイクとチック』を思わせる路線の作品である。大人への道のりを力強く描き出したこのロードムービー・ノベル『PARADISE GARDEN』は、母親を亡くした女の子が、父親を見つけようと決心し、自分自身の声を見出すまでを描く、心揺さぶる聡明な物語だ。

移民のバックグラウンドを持つ身として、私はいつも異文化間のかけはしとなる文学に魅了されてきた。「移民のバックグラウンド」を持つ作家は、斬新な切り口を提供し、常識や先入観にしばしば挑んでみせる。ドイツの文化とユニークな形で取り組むそうした作家が増えることは、ドイツの文芸シーンに豊かさをもたらすものだ。

ネカティ・エジリのデビュー作『Birth Mark』(Ullstein 2023年)は、人生も身体もトルコとドイツの社会的・政治的環境の刻印を受けている家族を描き出し、私たちの生きる現代が抱える大きな疑問を提起する。私たちに与えられている役割モデルはどのようなものなのか?世代を超えて受け継がれていくトラウマを癒すためにはどうすればいいのか?「重い題材を、羽毛のような軽やかさで描き出す」(エズレム・サリカヤ)作品である。

最も人気のある移民出身の作家のひとりが、ウラジーミル・カミネルである。ドイツに暮らすロシア人を題材にした非常に娯楽性の高いカミネルの作品は、過去20年以上にわたって大成功をおさめてきた。ここ最近では、ウクライナ戦争との関連でアルトゥール・ヴァイガントの『The Traitors』(Hanser Berlin 2023年)が大きな注目を集めている。ジャーナリスティックな手法で描かれたこの小説は、ヴァイガントの故郷の村、ウスペンカを舞台にしている。 現在はカザフスタン領で、広大なステップの中にあるウスペンカは、道も牛も人間も勝手にそのあたりを歩き回っているようなところだ。そのウスペンカで起きたことは、ソ連のどこでも起こっていただろうことだった。人々は弾圧され、虐げられ、強制連行される。ソ連崩壊と共に、住民の多くはウスペンカを離れ、外国で新たな生活のスタートを切る。そしてそれによって、故郷にとっては裏切り者となるのだ。ヴァイガントは自身の出自と向き合い、特に戦争が始まり故郷が恐怖の対象となっていくさまを生々しく描き出す。

フェルディナント・フォン・シーラッハは、読者に正義と尊厳という問題を突きつけ、神経を逆撫でする物語・小説・戯曲を発表し続けている。最新作『Rain』(Luchterhand 2023年)は、戯曲的なモノローグで描かれる物語だ。雨の中をびしょ濡れになってバーに駆け込んできた男が、罪と罰について、現代の偉大さと恐ろしさについて、人間の尊厳、孤独、愛、喪失、失敗について考える。「いかに生きるか、いかに生きるか?モノローグが投げかける問いが心を揺さぶる。カジュアルだが、答えを出さずにはおかない問いだ」 — クリスティアン・エッガー/中部ドイツ新聞

犯罪小説というジャンルの人気は世界的に高まる一方のようで、ドイツも例外ではない。前ドイツ首相とその飼い犬をモデルにしたダーヴィト・ザフィルのユーモラスで気楽なミステリー『MISS MERKEL』シリーズ(Rowohlt)から、バイエルンの村を舞台に、地元警察官フランツ・エーバーホーファーの周囲で起きる田舎の犯罪を描くリタ・ファルクの作品 (DTV)、さらにはアンドレアス・ヴィンケルマンのハードコア・スリラー(Rowohlt)まで、幅広い作品が揃っている。おもしろいことにドイツでは、作品の舞台にフランス、イタリアなど休暇先として人気の国を選ぶミステリー作家が増えている。

しかし私の個人的なお気に入りはオリヴァー・ボッティーニだ。ドイツ・ミステリー大賞を4度受賞しているボッティーニが世に送り出した女性主任警部ルイーゼ・ボニのシリーズは、批評家から高い評価を得ている。またボッティーニのインテリジェントなスパイ小説は、フレデリック・フォーサイスの古典作品『ジャッカルの日』や、ドン・ウインズロウの作品と並び称されるものだ。バルカン半島での民族浄化(The Cold Dream)、北アフリカでの違法な銃取引(A Few Days of Light)、直近ではイラク戦争(Dying once more)といった難しい題材を、これほどの洞察力をもって書くことのできる作家はごくわずかしかいない。

「いい感じ(Feel-Good) 」ジャンルを代表するカーステン・ヘンの『Books To Go On』(Piper 2020年)は「読んでいるとハグされるような、まるで、本当に物語に包み込まれているような気持ちになる」(Deutschlandfunk)作品と評されている。ドイツの小さな町にある書店主、カール・コルホフは、店の営業時間が終わった晩刻、町中ののどかな小道を歩いて特別なお得意さんたちに本を届けに行く。このお得意さんたちは、コルホフにとってすでに友人のような存在であり、お得意さんたちにとってコルホフは、外の世界との一番大切な接点である。コルホフが予期せぬ失業に見舞われた時、本と9歳の女の子の力が、皆にお互いの絆を再び築き上げるための勇気を与えることになる。

ドイツでも世界でも大人気のヘン作品の特別な魅力は、日本で生まれている姉妹作品にも現れている。 青山美智子『お探し物は図書室まで』(ポプラ社)、 八木沢里志『森崎書店の日々』(徳間書店)は、日本でもやはり大人気だ。自国文学に注目する国が増えていく傾向のなかで、テーマと関心が重なることも多くなってきている。

日本語訳:中村有紀子