芝田文乃(しばたあやの)プロフィール
ポーランド語翻訳者。訳書にムロージェク『所長』『鰐の涙』(未知谷)、レム『地球の平和』、グラビンスキ『火の書』『不気味な物語』(国書刊行会)、シャブウォフスキ『踊る熊たち』『独裁者の料理人』(白水社)他
小説家オルガ・トカルチュク(1962-)が2018年のノーベル文学賞を受賞したことは記憶に新しい。1996年には詩人ヴィスワヴァ・シンボルスカ(1923-2012)が同賞を受賞した。世代もジャンルも異なるが、平明な言葉で書かれた両者の作品は、ポーランドでは幅広い読者に親しまれ、よく読まれている。
ポーランド人のノーベル文学賞受賞者はこれまでに5人。1905年受賞のヘンリク・シェンキェヴィチ(1846-1916)の代表作『クォ・ヴァディス』や『三部作』、1924年受賞のヴワディスワフ・レイモント(1867-1925)の『約束の土地』や『農民』は映画化された。1980年受賞のチェスワフ・ミウォシュ(1911-2004)は国際的に高く評価される詩人であり、1960年に渡米してカリフォルニア大学で教鞭を執り、英語で『ポーランド文学史』を書いた。
ポーランド文学史では、19世紀の3人の詩人、アダム・ミツキェーヴィチ(1778-1855)、ユリウシュ・スウォヴァツキ(1809-1855)、ズィグムント・クラシンスキ(1812-1859)を三詩聖と呼び、高く評価する。20世紀に入ってツィプリアン・カミル・ノルヴィト(1821-1883)の著作が再発見され、彼を4人目の詩聖と見なす文芸批評家もいる。また、スタニスワフ・ヴィスピャンスキ (1869-1907)を4人目と見なす向きもある。ノルヴィトもヴィスピャンスキも、文学だけでなく優れた美術作品も残したマルチタレントだった。
1930年代に活躍した前衛3人組、スタニスワフ・イグナツィ・ヴィトキェヴィチ(通称ヴィトカツィ、1885-1939)、ブルーノ・シュルツ(1892-1942)、ヴィトルド・ゴンブローヴィチ(1904-1969)のうち、ヴィトカツィとシュルツも文学と美術の両面で作品を残した。幸い、シュルツの全作品とゴンブローヴィチの代表作は日本語で読める。
20世紀最大のSF作家スタニスワフ・レム(1921-2006)の著作は世界数十か国語に翻訳され、日本でも1960年代から現代に至るまで読まれつづけている。2021年の作家生誕100年を期に世界各地でさまざまな催しが開催された。日本では新訳の作品集『スタニスワフ・レム・コレクション』が刊行中だ。
スワヴォーミル・ムロージェク(1930-2013)は漫画家・コラムニストとしてデビュー、諷刺的短篇で注目され、戯曲『タンゴ』をはじめとした不条理演劇で国際的に評価された。レムとの書簡集も刊行されている。
ポーランド文学を理解する上では、詩と並んで戯曲も重要である。ミツキェーヴィチの戯曲『祖霊祭』、ヴィトカツィやゴンブローヴィチやムロ―ジェクの戯曲は、いまも世界各地で上演されている。
リシャルト・カプシチンスキ(1932-2007)は「20世紀の最も偉大なジャーナリスト」、「最も生気にあふれた報道記者」と評価される現代ジャーナリズムの巨人。ルポルタージュを文学に高めた。『帝国 ロシア・辺境への旅』や『黒檀』は日本語でも読める。彼の名を冠したリシャルト・カプシチンスキ賞は優れたルポルタージュ作家に授与される(2015年にノーベル文学賞を受賞したベラルーシの作家スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチは2011年に同賞を受賞)。
ヴィトルト・シャブウォフスキ(1980-)は2013年にリシャルト・カプシチンスキ賞を受賞。世界中を旅し、現場の生の言葉に耳を傾ける気鋭のルポルタージュ作家。近年、オルガ・トカルチュクと並んで、世界各地のブックフェアや文学フェスティバルによく参加している。
アンジェイ・サプコフスキ(1948-)はファンタジー作家。『ウィッチャー』シリーズの著者として知られる。同作は20か国語に翻訳され、全世界で300万部以上発行のベストセラーとなった。また、同作は漫画化、映画化、ビデオゲーム化、ドラマ化されている。
ポーランドではSFとファンタジーは「ファンタスティカ」と呼ばれ、一般文学とは別ジャンルとして扱われている。ファンタスティカ分野にはヤヌシュ・A・ザイデル・ポーランド・ファンダム賞という文学賞があり、毎年、SFコンベンション「ポルコン」参加者の投票で受賞作が決定される。