ホセ・マリア・ポスエロ・イヴァンコス
1983年からムルシア大学教授、文学部長。専門は文学理論・比較文学。1994年から1998年までスペイン記号論協会会長。2004年から2009年まで文学理論協会会長。国際スペイン研究者学会理事。2021年からスペイン王立アカデミー委託学者。1999年からABC紙文化欄に文学批評を執筆。18カ国の大学で客員教授・講師をつとめる。26冊の著書、240の研究論文を発表。代表的な著書には『Teoria del lenguaje liteario 』(Catedra 2018年第9版)、『Poetica de la ficcion』 (Sintesis 1993年)、『Teoria del canon y literatura española』(ローサ・アラドラとの共著) (Catedra 2000年)、『De la autobiografia』(Critica 2006年)、『Poeticas de poetas』( Biblioteca Nueva 2010年)、『Novela española del siglo XXI』(Catedra 2017年)、『Ensayos de historiografia literaria』(共著)(Gredos 2022年)がある。
スペイン文学は今、国際舞台で注目を浴びるにふさわしい卓越した作家を多く抱えるという特別な時代を迎えている。この状況は、3世代にわたる作家が共存するという点で健全なものだ。私はここで存命中の作家に限定して紹介していきたいが、近年亡くなった3人の作家、ラファエル・チルベス、ハビエル・マリアス、アルムデナ・グランデスがスペインの文芸シーンにおいて占めている存在感の大きさには言及せずにはいられない。スペインの読者は、ドイツやイタリア、フランスの読者に続き、ハビエル・マリアスの偉大さを死後1年が経った今、改めて認識し始めている。ラファエル・チルベスは死後に発表された『Diarios』が新たな注目を集めている。そこに記された時代の証言、そして迫力のある信憑性は、チルベスの文学性をさらに広げるものだ。アルムデナ・グランデスについては、果てしない戦争のエピソードシリーズの最後を飾る『La madre de Frankenstein』をはじめとした小説作品のいくつかが、劇場の舞台で上演されている。
著名な作家が名を連ねるこの世代のひとりが、エドゥアルド・メンドサである。メンドサは、三部作『 Las leyes del movimiento』を締めくくる作品を近年発表したところだ。メンドサが変容させ寓話化した自身の記憶を描くこの三部作は、1970年代と1980年代のヨーロッパ・アメリカ文化を理解する優れた手がかりを与える作品である。アルトゥーロ・ペレス=レベルテは歴史を題材とする陰謀小説で広く知られている。最新作 『El problema final』はシャーロック・ホームズへのオマージュだ。ルイス・ランデロの『Juegos de la edad tardía』はセルバンテスの路線を継ぐ作品である。『El balcón en invierno』のなかでは、寓話化された個人的な記憶が描かれる。ルイス・マテオ・ディエスもスペインの田舎、アラマの風景の記憶を下敷きに、小説『El reino de Celama』を書いている。繰り返しメタフィクションの世界を描くのはエンリケ・ビラ=マタスだ。
その後に続く世代にはローサ・モンテロ、エルヴィラ・リンドがいる。優れた物語構成にそれぞれ異なる手法を用いる作家だ。モンテロはリアリズムとSFを交互に取り入れ、リンドはスペインの過渡期の様々なステージを生きた女性の思い出を描く。さらに、国際的な文芸シーンで最も知られていると思われる2人の作家を挙げることもできる。アントニオ・ムニョス・モリーナ、そしてフェルナンド・アランブルである。モリーナの代表作『El jinete polaco』は、個人的記憶と集団的記憶についての物語だ。アランブルは『Patria』で、ETA(バスク祖国と自由)がバスクに残した空気を語る。また、『Soldados de Salamina』『Anatomía de un instante』がベストセラーとなったハビエル・セルカスは、三部作『Terra Alta』で政治闘争を背景とした犯罪陰謀というジャンルに取り組んでいる。
傑出した作家は若い世代にもいる。ここでは異なる方向性を代表する作家を数名挙げよう。サラ・メサ(人々の間の力関係を暴き出す異常な状況を描く『Un amor』)、ミヘル・アンヘル・エルナンデス・ナヴァロ(個人的な記憶を寓話的に描く『El dolor de los demás」)、ピラール・アドン(個人と芸術が社会の中に占める位置に関するユートピアを描く「De bestias y aves』)、ララ・モレノ(ディストピアを描く『Por si se va la luz』)、メンチュ・グディエレス(空白で雄弁に語る作品『La mitad de la casa』)、そしてセルヒオ・デル・モリノ(哀調あふれる『La hora violeta』、社会を鋭く探るエッセイ『La España vacía』)である。
スペインにおいて抒情詩は常に重要なジャンルであった。クラウディオ・ロドリゲスの世代(1950年代)、あるいはNovísimos(「最先端の者たち」)と呼ばれた詩人グループの遺産の意味は大きい。このNovísimosグループの中でも最も興味深い詩を残しているのはギジェルモ・カルネーロだ。四部作『Jardín concluso』に代表されるカルネーロの詩は、洗練された審美性を情熱的な皮肉で解体していくものである。ルイス・アルベルト・デ・クエンカも、皮肉と文化が表裏一体となった詩を発表している。ルイス・ガルシア・モンテロ(『Poesía Completa(1980年-2015年)』)は、「もう1つのセンチメンタリティ」として知られる運動を代表する作品を残したジャイマ・ジル・デ・ビエドマの後継者のひとりである。審美学的に対照的な立場にいる文化主義的詩人としては、セザール・アントニオ・モリーナ(『El rumor del tiempo』)、オリヴィド・ガルシア・ヴァルデス、シャンタル・メイラールが挙げられる。現代詩の分野で傑出しているのがエレジーの詩人エロイ・サンチェス・ロシージョ(全詩集『Las cosas como fueron』)だ。また、アウロラ・ルケ、フアン・アントニオ・ゴンザレス=イグレシアスは、古典的抒情詩を現代風に解釈する詩人として代表的存在である。
演劇分野にはフアン・マヨルガがいる。マヨルガの豊かな途切れのないドラマトゥルギーがスペインの演劇シーンの頂点に立っていることは疑いようがない。同じ世代の劇作家には、ホセ・ラモン・フェルナンデス、ディアナ・M・デ・パコ、イツィアル・パスクアル、ルイサ・クニエ、ボルハ・オルティス・デ・コンドラらがおり、1990年代のデビュー以降、今日に至るまで新たな作品を発表し続けている。ポストドラマ演劇を代表するロドリゴ・ガルシア、アンヘリカ・リデルは、目が回るような筆致と詩的な要素の結びつきを特徴とした作品を発表している。ここ数十年で現代演劇の舞台に登場した新世代の劇作家としては、パコ・ベツェラ(演劇スリラー)、アルフレド・サンソル(演劇祭の常連)、パブロ・レモン(オートフィクション、メタシアター的な詩学)、ルシア・カルバヤル(現代の問題を扱う作品)が挙げられる。
日本語訳:中村有紀子