ベルギー語文学はいかが?

ローラン・モゼーン
大学で哲学を専攻。現在ベルギーのフランス語共同体政府の文学部長を務める。ベルギー文学及び出版の歴史を将来図書館員を目指す若者に教えている。

「ベルギー語文学はいかが?」 フランス語圏ベルギーは、自己紹介で この馬鹿げたフレーズを意図的に使い、2019年のジュネーブ国際ブックフェアでスポットライトを浴びることになった。

それ以降、毎年このフレーズは、フランス語圏ベルギーの文学作品を宣伝するため、国内外のキャンペーンに活用されている(www.lisezvouslebelge.be)。

「ベルギー語」は独立した言語ではない。従来のフランス語に代わる言語でもない。「ベルギー語」は、単語とイメージで読まれ、雨だろうが眩しいばかりの晴天だろうが、 (自らを)笑い、罵ったりブツブツ言ったりすることができる言語だ。どこかズレたフランス人として自ら進んで 嘲笑されながらも、ベルギー語は作家に信じられないほどの表現の幅を提供する。作家たちは 「パリのサロン」から解放され、疑いなく、より不安定ながらも、はるかに実りの多い道を切り開くことができるのだ。

フランス語圏ベルギー文学の誕生には、長い時間がかかった。なぜそれほどの時間がかかったのだろうか。1830年建国のベルギーは若い国だ。とても小さく、自己の存在や正統性に自信のない国。おまけに威圧的な隣国に囲まれている。だから、シャルル・ド・コステルが150年以上も前に描き出した、あの若き英雄、ティル・レスピエーグルのようなずる賢さを持っていなければならなかった。ド・コステルはティル・レスピエーグルをベルギー人と位置づけていた。 孤児( それゆえに自由!)で、辛辣で皮肉っぽく、あらゆる権威を拒み、そして善良。つまり、未確立のジャンルを探求 し、言葉を妨害し、批判的に見られることと人気を博して成功することの隙間に潜り込むような、ずる賢い奴。特に、コミックやスリラーを使って・・・。

ここ数年の最も重要な傾向は、疑う余地もなく、詩が大いなる復活を遂げたことである。特に、女性の活躍がめざましい。さまざまな賞を総なめにしたフランス語圏ベルギー初の作品群がその証拠である。それ以来、その才能を存分に発揮している女性作家たちの一人が、シャルリーヌ・ランベールだ。彼女の名を揚げた2017年の 詩集『Chanvre et lierre (麻と蔦)』(editions du Taillis Pré)は、(ギリシャ神話の英雄)オ デュッセウスの旅を繊細に描き出した作品である。その後も 、ランベールはベルギー国内 外 で 数多くの詩集を発表している。ランベールの作品は、 フランス語圏ベルギー文学の初期から最先端の現代作品に至るまで珠玉作品450タイトルを網羅した文学全集『Espace Nord (北の宇宙)』 にも収録され ている。(www.espacenord.com)

モード・ジョワレは、2020年に『Cobalt (コバルト)』(Tétras-Lyre)でワロン・ブリュッセル連盟新人賞を受賞した。ジョワレは鋭い 表現を使い 、極めて身近 で時に極めて残酷 な日常生活の中から意図的に拾い あげた要素を用いて 、言葉に新たな響きを与えている。 第2 作『Jerk (世間知らず)』(L’Arbre de Diane, 2022年)は、息を呑むような詩的小説だ。バラバラに引き裂かれた青春のように疾走する物語は、パフォーマンスとしても発表され、大きな注目を浴びた。ジョワレは2023年に日本とケベックでの文学レジデンシーに招待されている (京都文学レジデンシー)。

アナ・アヤノグルーは、2021年に『Le fil des traversées (交差する糸)』(Gallimard)でワロン・ブリュッセル連盟新人賞 を受賞した。フランス人で、長年ブリュッセルに在住。アヤノグルーは他の場所、特に中欧と密接なつながりを築き 、そこでは フランス文学および ・・・ベルギー文学も教えていた!

ここで挙げた作家は皆、互いに交流があり、友情で結ばれ、互いの作品を読みあっている。彼らの声は独唱ではない。コーラスだ。そのコーラスが今、可能性に満ちた文学領域に不可欠なものとして、ベルギー語文学を現代詩の音響室の中に響き渡らせている。

男性作家では、アントワンヌ・ウォテルスを思い浮かべるのが自然だろう。最近、フランス語圏ベルギーで小説・短編に贈られる最も権威ある民間文学賞・ロッセル賞を受賞した。ウォテルスは、その詩的な小説『Le Plus Court Chemin (最短経路)』(Verdier, 2023年)の中で、リエージュ郊外の田舎で生まれて子供時代を過ごした自身が、作家となり大人の男となるまでの旅路を見つめる。まず詩人として名を知られたウォテルスは今、散文と詩の間を軽やかに往来しながら創作活動を展開している。

セレスタン・ドゥ・メユースの名も挙げたい。3 年に一度授与されるワロン・ブリュッセル連盟詩集賞を、2023年に受賞した第5 作『Cavale Russe (ロシアの逃亡)』(Cheyne Editeur, 2021年)は、詩的な叙事詩だ。国境を越えてウラジオストクまで行く中で、ベルギーのあらゆる限界を容赦なく引き出して見せる。「・・・偏狭な思考の中にあるフランドルの無限性、高みのないワロンの谷・・・。」

フランス語圏ベルギーの作家に贈られる最も権威ある 文学賞 は、5年に一度授与され、「作家 キャリアの最高峰」とも称される。 2020年の受賞者がカロリーヌ・ラマルシュだったことは、ベルギー文学に関心のある人にとっては驚きではなかっただろう。物語、(短編)小説、詩と、自在にジャンルを行き来するラマルシュの作品には、母親の人生の最期 を回想した 『La fin des abeilles (ミツバチの終わり)』(Gallimard, 2022年) 、印象深い 『L’Asturienne (アストゥリアス人)』(Les Impressions Nouvelles, 2021年)がある。ベルギー、フランス、スペインの間で展開した自身の家族の産業史とその没落の物語には、ラマルシュの作家としての脆い心境が映し出されている。

フランス語圏ベルギーでは、作家も出版社も厳しい戦いを乗り越え、複雑な過去から自らを解き放ったようだ。彼らが開く豊かな展望は、読者にグラフィック・ノベルから詩、そして児童文学に至るまで、現代という時代において、あらゆる芸術的な冒険を楽しむ旅を提供してくれる。同時に、家族という枠組の崩壊、環境の激変、アイデンティティの模索、伝統的な経済・社会モデルに対する批判など、常に変化し続ける社会が抱える緊急の問題にも取り組んでいるのだ。

日本語訳:中村有紀子