スロヴェニアの現代文学

茂石チュック・ミリアム

スロヴェニア、 ポストイナ出身。文学は幼い頃からのパー トナーであり、 スロヴェニア語と日本語からの翻訳を行 う。最近はボリス・パホールの作品の翻訳や、スロヴェニ ア文学と文化の紹介に従事している。

スロヴェニアの独立は1991年のことである。今年スロヴェニアは、欧州連合(EU)加盟20周年を迎える。さまざま国の一部であった歴史が長いスロヴェニアは、その間、言語、文学、文化を自力で守り続けてきた。スロヴェニアでは、翻訳文学作品が盛んに読まれているが、これは、ヨーロッパや世界の他の国々の文学に触れる機会を作家に与えるものだった。昔も今も作家の多くは、現役の翻訳家でもある。そのためスロヴェニアには、いつの時代も世界文学に見られるほとんどの潮流、スタイル、形式、ジャンルがそのまま入ってきていた。ただし、旧ユーゴスラビア時代には、ある種のテーマを解釈したり、それについて書いたりすることは許されていなかった。そうした禁じられたテーマについて書こうとする作家は、厳しい検閲にさらされ、あるいはそれよりももっと厳しい処罰を受けることになった。つまり、国の独立に伴って政治体制に起きた激変は、社会制度、雰囲気、社会のあり方そのものに変化をもたらし、当然ながら文学、とりわけその内容にも大きな影響を及ぼした。

スロヴェニアでは、今も昔もあらゆる種類の叙情文学が奨励されてきた。特に第二次世界大戦後に誕生し発展した叙情詩は、世界文学における傾向と同様、伝統的な詩形式という「鎧」を脱ぎ捨て、自由詩に特に熱心に取り組み始める。叙情詩の持つ力が特によくわかるのは、叙情詩は他の文学形式と比較して基本的に短く、比喩を駆使した表現を可能にするため、禁じられたメッセージを表現するのにも最適であるという点だ。叙情詩の表現に取り組んだ世代は、第二次世界大戦直後から今世紀初頭まで活躍し続け、今でも、スヴェトラーナ・マカロヴィッチ、ボリス・A. ノヴァック、ミラン・イェシッヒなど多くの詩人が現役で創作活動をしている。彼らの多くは、伝統的な形式、とりわけ、アレクサンドラン韻律やソネットなどの長詩形式を再発見している。

小説は時代に縛られない表現形式であり、おそらくはその長さが、複数の時代にわたって語られる長編物語に適していると言える。小説は、特徴を細部にわたって描写し、出来事の全体像を取り上げることができるため、さまざまな文学形式の中でも存在感を保つことができる。現代は読者層が変化し、人々が読書に費やす時間も変化しているという事実はあっても、スロヴェニア文学界において小説が最も人気のある表現形態であることには変わりがない。代表的な作家には、ボリス・パーホル、ドラゴ・ヤンチャル、ゴラン・ヴォイノヴィッチ、フロリヤン・リプシュ、アレス・チャール、フェリ・ラインシチェクの他、多くの若手作家がいる。

旧世代の作家にとって長編小説を補完する表現形式であった短編は、若手作家にとっては主要な表現形式であることが多い。また、エッセイに魅了される若手作家もいる。短編小説とエッセイは明らかに、正統性のあるきちんとした表現手段だ。この分野の名手にはヤニ・ヴィルク、ウルバン・ヴォウク、マルシャ・クレーセ、エリカ・ジョンソン・デベリャック、リリ・ポトパラ、カタリナ・マリンチッチらがいる。スロヴェニアの作家は、ほとんどが長編小説と並んで短編小説も執筆していることも付け加えておこう。

演劇分野も創造性には事欠かない。伝統的形態の演劇、不条理演劇、またその他の現代的形態の演劇が同時に発展し、再び伝統的形態に回帰したり、あるいはあらゆる規則から完全に離れた劇作品が生まれたりと、目覚ましい創作活動が展開されている。特には一見ナンセンスに思えるテーマや主題が扱われることもあり、あるいは、そもそも演劇的な要素が一部欠けているような作品すらある。戯曲の作者が、通常はその演出と脚本も兼ねるため、劇中のセリフは舞台上での演出の中で生まれたり、あるいは変更されたりする。代表的な劇作家にはヴィンコ・モデルンドルファー、エヴァルド・フリーザー、ルディ・シェリゴらがいる。

つまり、現代スロヴェニア文学の特徴は、作家が1つだけでなく様々な文学的表現方法を駆使して創作している点にあると言えよう。短編小説を書く作家が長編小説やエッセイを書き、さらに戯曲も、脚本も書くことは珍しくない。ジャンルに「最も忠実」なのは、おそらく詩人であるが、児童や若者向けの文学作品を多く書く詩人もいる。全ての作家に共通した特徴は、テーマの多様性である。第二次世界大戦という過去の深部からのテーマ、あるいはジェンダー、社会の中でのジェンダー認識の問題、男性と女性の関係性など、現代生活に見られるテーマなどが取り上げられている。社会主義のプラスの側面は男女平等があったことだが、スロヴェニア文学界が男女平等に関する世界的な傾向にすぐに対応することができたのはそのおかげだった。社会主義の時代にも女性作家は積極的に活動していたが、もちろん今では、女性作家がさらに盛んに文学界で活躍している。このように、スロヴェニア文学界は社会的なテーマと取り組み、過去との向き合い方を模索している。また、若い世代の作家は失われたアイデンティティ、あるいは世界の中で自分の居場所を探し求めている。この背後にあるのは30年前に起きた政治体制の変化ではない。世界全体に起きている変化だ。これは、スロヴェニアが世界文学の一部であることの現れであろう。スロヴェニア文学は、世界規模のジャンルで扱われるものと同じ題材を扱っているのだ。

日本語訳:中村有紀子